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【地下洞窟の秘密基地】オデッサのカタコンベ パルチザン栄光博物館観光と移動 行き方

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ごきげんよう!百太です。

今回は、オデッサの巨大な地下通路。
閉ざされた地下施設となっている、カタコンベへ行ってきたので、その時のお話。

下に詳しい説明載せますが、簡単に言うと第二次世界大戦でナチスドイツに対する秘密基地的な場所。
すごい場所だったので、今回は写真をたくさん載せようと思います。

あと行き方、移動方法が見つからず、宿の人に聞いて行ってきたので、詳しく書いておきます。
地図や、所要時間、切符の値段や入場料の価格まで、出来る限り詳しく書くので、実際に移動する人の参考になれば幸いです。

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パルチザンの栄光博物館

まずはパルチザンの栄光博物館(Museum of Partisan Glory)の情報を!!

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オデッサの町の建設には地元で採掘された石材が使用され、その結果地下には全長1000キロにもおよぶ空洞ができました。
第二次世界大戦中、パルチザンはその地下道に潜りナチス・ドイツに抵抗。
その一部に実際に使用された施設が再現され、記念博物館として一般公開されています。
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by DTACウクライナ観光情報局

パルチザンとは?


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パルチザン(Partisan、Partizan)は「同じ党派に属するもの」を意味するイタリア語「パルティジャーノ」を語源とする語で、もともとは占領軍への抵抗運動や内戦・革命戦争における非正規の軍事活動、またそれを行なう遊撃隊およびその構成員を指す単語であるが、転じて様々な組織などを指す語として使用されることがある。
英語圏における「パルチザン」は、共産主義や抵抗運動に限らず、特定の党を熱心に支持・応援する一般市民を意味することもある。
ゲリラの類義語である。
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byウィキペディア

カタコンベとは?


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カタコンベ(イタリア語:catacombe)は、地下の墓所のこと。
もともとはローマのサン・セバスティアーノ・フォーリ・レ・ムーラ教会の埋葬場所のことを意味していたが、死者を葬る為に使われた洞窟、岩屋や地下の洞穴のこと全般を指すようになった。
ウクライナやロシアのカタコンベは鉱石、石灰岩の採掘後のトンネルが使われており、クリミアや黒海沿岸に位置している。
有名なものはオデッサやクリミア、アジムシュカイ(Ajimushkay)のものである。
それらはソ連の第二次世界大戦のゲリラの基地としても使われた。
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byウィキペディア

パルチザンの栄光博物館への移動 行き方


まずは全体地図
全画面キャプチャ 20160603 23553

オデッサ中心街から車で30分ほど行ったnerubaiske(ネルバイスケ?)という町にあります。


パルチザンの栄光博物館までは市バス(ローカルバス)の84番で向かいます。


オデッサ市内の84番が停車するバス停の地図
この2つ以外にも駅付近で止まりますが、詳細は不明
全画面キャプチャ 20160603 24231
★印がある場所が、84番が止まるので、宿泊場所から近い方へ!!


料金は8フリブニャ/1人

バスに乗り「カタコンベ」と言うと通じました

IMG_2755.jpg
右から2番目のHEPY・・・というのがnerubaiske。


所要時間は30分ほど。



その他の行き方として、ツアーがあります。
ツアーは2種類

1、大人数でのグループツアー。
値段は市内からのカタコンベまでの往復代金と入場+ガイド料込で1000円ほどらしい。

2、個人手配ツアー
宿泊していたゲストハウスで尋ねると、ゲストハウスとカタコンベまでの往復代金と入場+ガイド料込で400フリブニャ/1人(1人約1720円) との事でした。
※カタコンベの中は、勝手に入れないので、ガイドは必ず必要となります。 2人で800フリブニャは高いので、我らは自力で目的地へ行きました。


パルチザンの栄光博物館への入り方


バスが着いたのが12時50分。
目の前に看板があります。
P5270194.jpg

看板の差す方へ降りていくとありました!!
P5270197.jpg

P5270196.jpg

受付らしい場所をのぞき込むと女性がジェスチャーでなにかを伝えてきました。

10 と指を出していたので、あと10分待てという事だと思い待ちました。

きっと13時から開始なんだと思い、、、、、



待つ事30分(笑)


1人のおばあちゃんがやってきました。
散歩のついでに立ち寄った感じ満載のおばあちゃんです・・・・

このおばあちゃんがガイドをしてくれるようです。なんか心配です。

値段などは書いていなく、正規の値段が分かりませんが(笑)

125フリブニャ/1人 で250フリブニャお支払い。

800フリブニャから考えると、バス代往復の32フリブニャを含めても半額以下なのでそんなもんでしょうか(^-^) 

いざオデッサの秘密地下道へ


寒っ!!

P5270204.jpg
中に入りまず感じた事。
地下に潜ったわけではないのにこの寒さ。

外は少し熱いと感じる気温だったが、中では持ってきた長袖を羽織らなければ行けないほどの寒さでした。

薄暗い内部。

ほとんど英語がわからないおばあちゃんでしたが、簡単な単語はわかります。(キッチンとか)
そしてものすごく丁寧に、ジェスチャーを交え説明してくれました。

そしてなによりもすごいと思ったのが、俺がカメラを構えると、持ってきていた懐中電灯を消し、スッと映りそうな場所から離れる。

初めは偶然かと思っていたけど、毎回毎回必ず同じ対応をしていました。

ガイドには到底見えなかった、本当に散歩の途中にきたようなおばあちゃんだったけど、それはそれは気が利くやり手のガイドさんでした。


壁にノコギリ
P5270201.jpg


キッチン
P5270205.jpg


寝床
P5270219.jpg


指令室
写真はレーニンとスターリン
P5270224.jpg

P5270225.jpg

風呂
P5270248.jpg


水ため場
P5270251.jpg


写真だと明るく見えるけど、本当はもっと薄暗いです。
P5270213.jpg

そしてものすごく中が入り組んでいる
P5270214.jpg

P5270212.jpg

実際に入り、ガイドが必要だという理由が良くわかりました。


壁の至る所にこんな記号が書かれていて、迷わないための目印との事
P5270280.jpg


地下のとても寒い場所。
もちろん太陽の光だって届かない洞窟内にも、こんな施設がありました。

本当に生活をしていたんだと感じた場所がこちら。
学校
P5270266.jpg
黒板があって、数字や足し算が描かれている


P5270262.jpg
生徒が座っていただろう椅子と机


そしてもう一つが病院
P5270269.jpg

P5270271.jpg
質素な作りだったけど、ベッドも


他にも訓練施設
P5270235.jpg


奥に小さく見えるのが人型の的
P5270236.jpg

P5270237.jpg



戦争の辛さを物語るものも・・・

P5270261.jpg
戦争で家族を失い悲しむ女性。


俺が一番心に残っているのが壁に書かれたこの文字です。
P5270218.jpg
【血には血を、死には死を】


この言葉を見ると、この場所がどんな所だったか。

どんな雰囲気だったのか。

ここに居た人たちの気持ちが少しだけ分かった気がして辛かった。



地下道を巡り、その後階段で上に昇ると博物館の中に出ます。
博物館の外はこんな感じになっています。
P5270301.jpg



P5270297.jpg

全部で1時間程のカタコンベ見学。

興味のある方はぜひ行ってみてください。

ちゃおっ

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コメント

非公開コメント

No title

パルチザン、洞窟や遺構が好きなので興味深く拝見しましたが、ここはとても恐ろしい場所だったんですね。光が差さない中で日夜復讐の言葉を刷り込まれ、それが当たり前になる状況を想像しました。

珍走さん

こんにちは!コメントありがとう御座います(^-^)

そう言って貰えると嬉しいです!


壁に描かれた文字が本当にその場所の雰囲気を一気に伝わらせるものでした。

病院にはベッドがありましたが、寒くて暗くて新鮮な空気も入ってこないような場所だと、治るものも治らないですよね。

学校なども算数を教えていた様子が残っていましたが、想像する雰囲気は楽しく学べていたとは思えない感じでした。

当時の様子は、実際にその場に居た人たちしか分からないとは思うんですが、、、
復讐の事等以外にも、楽しい事もあった事を祈らずにはいられなかったです。




No title

こんにちは
これまたすごい場所を訪れていらっしゃいますね。すごく興味深く拝見しました。なんていうか、すごく生々しい歴史の現実が、今も変わらずそこに残っているというのが、すごいですね。きっと行ってみると、もはや住んでいる人もいないのに、住んでいた人々の気配がまるで匂いのように漂っているのでしょうね。

八咫烏 さん

こんにちは!コメント有難う御座います(*'▽')

キエフで出会った人に、こんな場所があるよ。というのを聞いて興味があったので行ってきました。
なかなか情報が無くて、色々と調べるのに時間がかかりましたが(+_+)

想像することしかできないんですが、実際に現場に行くと、本当にこんなに寒く光も入らない場所で生活していたのか!?という驚きと、大変さが伝わってきました。

匂いというのもとても大事ですよね。
動画や写真で現地の様子を見ることが出来ても、においだけはどうしても伝えられないですもんね。



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